老耄記  2019/11 起筆~只今2024/2
 
 
 
 < 老いのほそみち 放浪放言録ー14節 > 
 
   = 最新号 =   
 
 


2024/02/25 母を偲ぶ 
 葬儀場入口に展示された日記帳群
 
 四十九日 夜の設え
 
  2月9日 母死ぬ 寂しい 

とは言え、数日前に会った母の寝姿や 外出も
ままならない最近の日常を想い我が家に在る
空っぽの仏壇に手を合わせ
  「そろそろ迎えに来ては ・・・」
       と、親爺に語りかけていたので
驚きも悲しみも無く 只々 寂しい。
 
葬儀帰宅から数日のち、四十九日の設えが整い
畑の仲間に LINEに 「今月一杯は殺生したくない
ので畑作業は休ませてもらいます」 と送信すると
「・・・戒律厳しい仏教とみたいですね!」
        と 先輩から返信がありました。
いやはやお恥ずかしい、戒律厳しいもなにも 吾の
宗派が何たるかも知らず、お通夜から葬儀 向後
の法事等々の段取り・進行を末の妹にお願いし、
吾は只々泰然と喪主を務めるのみ。
  いやはや・・・ 

それにしても 良き(好き)お葬式であったとおもう、
斎場は 母が晩年を過ごした河内長野。
葬儀スタッフもよく!火葬場も新しく綺麗で景観も
良く、念仏を唱えて戴いたのも父の葬儀と同じ旧
宅近くのお寺のお坊さん、それと近親のみの心温
かな送りが出来た事も母を送るに相応しいかった
と思う。

1947年12月末 結婚。
角隠しの下の緊張気味でふっくらとした 21歳の
母の姿が残されています。
当時の世相と同じく裕福な暮らしに程遠く、吾が
小学校高学年頃になるまで内職の毛糸編み機
のジャァ・ジャァと云う音が夜更けまで聞こえて
いたのを思い出され、また そんな生活の最中
折々の日に父の同僚が寄合 居間一杯に車座に
なり飲食する光景もまた思い出されます。
さてさて、饗応する若き母の胸中は如何許りで
あったのでしょうか?

日本経済の成長と共に 我が家にゆとりが出て
きたのが我々兄弟が社会人となった後。
それ以降の母は、封印を解くが如く色々なもの
に挑戦していきます。 茶道・俳画・木目込み・
詩吟等々、それと 父や友人と供に四国遍路も
幾たびも行っていたと聞き及びます。

出棺まえ 愛用品や遍路装束や花に覆われた
母の顔には 生き切った・遣り遂げた の満足相
がありました、いやぁ~見事!

何時でしたか 父が死んで数年後の帰省した折
母が仏壇に向かい般若心経を読んでいました、
唱えるで無く 只々素読、弔い事など教わること
も無かった人生 それでも弔いたいとの思いでの
素読であつたのでしょう
 
 吾もまた 思いは同じ

四十九日の設えの前で 只々 一つ覚えの文言
をよむ

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏




2024/02/02 吾 願う  
 植栽配置図(各番館毎に作成)
 
  「GPプラザ管理室さんからです」
昨日の朝のこと、 家電から突然の呼び出し音が

剪定作業のやり方にクレームが寄せられそれに対応
してほしいとの事、”
押っ取り刀” で駆けつけるとそこ
には前期まで同じ植栽委員を務めておられた I 氏の
姿がありました。
I 氏は当団地の完成当初から住んでおられた長老格
の人で団地の環境をこよなく愛されておられ 又植栽
にも造詣が深く 進行中の植栽大規模改修を関心を
もって見守っておられ今回のクレームに至ったもので
それは得難きクレームでありました。
建物数21棟、築20数年経た団地の植栽改修ともな
れば そう簡単に事は進みません、数年掛け数期に
分けての改修となり その第一期目として昨年末に
43本の伐採を終え1月~3月末に掛けて234本の
剪定を行なうべく作業を進めて来ましたが・・・

移動をお願いしていた伐採樹下の車が移動していな
かったり 剪定屑がベランダに入ってくるので作業を
中止して欲しい 等々
有用なクレームもあれば もう少し協力して欲しいと
思うものもある。
剪定した樹を観て、スッキリしたと言う人がいれば
いや切り過ぎやと言う人もいる いやはや・・・

今朝 ブウォ~ンという音と共に吾が番館の周辺部の
剪定が開始された

 事故無き様に! クレームは 少なきを!!

    肝っ玉小さき植栽委員は 願う!!!





2024/01/09 今年の課題
 
(1日の地震と2日の事故を報じる3日の朝刊)
 
(能登地震一週間を報じる8日の朝刊) 
 
(昨年のハスプールの土替えの吾が様子=右から2人目) 


 「崩れた日常 募る不安」

2024年 正月、二日も続けて ・・・
            何という年明け やぁ~

能登地震 
いやぁ~怖い 痛ましい
            先のコピー 言い得て妙

発性から9日目、連日の報道を見るたび被害状況
が拡大していく。
暫し吾が身を被災された人に置き換えて瞑想す
  アカン! 吾には耐えられん!

目の前の景色が、身が纏う外温や匂いが、家族の
声音が、あれも、これも、 が
想起する吾が日常の 物・事・人・etc が一瞬で
喪失するなど
吾が日常の暮らしが、つね日頃が その瞬間に
捻じ曲げられるなぞ許容出来るものでは無い。

とは言え、”地震の巣”の上に住むかぎりは・・・
  明日は吾が身!

2024年の目標 ”目指せ好々爺”  の課題
  ”算盤勘定の忘却” に 加え
     ”何事にも動じない心境” を 追加すると
                決意するものの

 
今日、2024年1月9日の夕刊 全国各都市の天気
では、金沢明日 ”曇り雨” と
              今日は雪、明日は雨。

水の含んだ土の何と重い事か!

ボランティアに行きたしと思えども 足手まといは
自明の理、PCにこの文を打ち込み乍ら

          「 ガンバレ 」 と つぶやく
               


 


 
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